東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)74号 判決
〔判決理由〕
二、そこで審決の当否について検討する。
(一) 右の争いない事実と<証拠>とによれば、本願商標は、ゴシック体で「EAMILIAR」のローマ文字を横書きして成るもので、その指定商品(編注、せつけん類ほか)及び出願日、登録日はいずれも原告が一において主張するとおりであり、また成立に争いない甲第四号証と本件口頭弁論の全趣旨によれば、引用商標シック体で「ファミリー」の片仮名文字は、ゴを(「ア」はやや小さい。)左横書きして成るもので、その指定商品(編注、せつけん類ほか)及び出願日、登録日はいずれも審決の認定するとおりであることが、それぞれ認められる。
(二) よつて右両商標の類否について判断する。
まず本願商標「EAMILIAR」の称呼について考えるに、この語は最近のわが国の英語知識の普及の程度からすれば、本願商標の取引者需要者の間には一おう一般に理解されていると見られるところ、この語がわが国において、商標として使用される等実際取引に用いられる場合には、それは、「ファ」、「ミ」、「リ」の三音と「ヤー」(または「ヤ」)あるいは「アー」(または「ア」)との四音の連続をもつて発音されるものであり、そして右の最後尾音は他の三音に比して明確さを欠く発声をもつて発音されると見るのが相当である。原告は右のうち「LIBAR」の部分は「リヤー」(または「リヤ」)と一連に発音されるとして、その「ヤー」(または「ヤ」)の音の格別の顕著性を強調しているが、その英語としての正確な発音はしばらくおき、わが国の取引の実際において、この部分は――「リ」と発音して一たんストップし、次いで分離して最後尾音を発音するというものでないことは、原告主張のとおりであるにしても――、通常は明瞭に「リ」(「LI」)の発音をした上で(このことは原告も争つてはいない。)連続して最後尾音の発音をするものであることは間違いのないところであり、そして右の「リ」との連続発音の関係上自然最後尾音は、「アー」(または「ア」)と発音されるよりも「ヤー」(または「ヤ」)と発音されることが多い傾向のようであるが、さればといつて必ずしも原告主張のように、右の一連発音の故に最後尾音が「ヤー」(または「ヤ」)とのみ発音されるともいいきれないところであるし、またそのいずれにしてし、本願商標は「ファ」、「ミ」、「リ」の三音と最後尾音「ヤー」(または「ヤ」)あるいは「アー」(または「ア」)の四音の単なる連続発音をもつて称呼されることが多いといえるのであり、そして右の最後尾音はその前の三音に比し不明瞭に発声されるものであること前記のとおりであつて、この最後尾の部分に称呼上これを聞く者に特に強い印象を与えるような特異性を認めることはできない。
次に引用商標は「ファミリー」の称呼を生ずるものというべく、この引用商標の称呼と右の本願商標の称呼とを比較するに、両者は「ファ」、「ミ」、「リ」の三音が共通であつて、わずかに最後尾の音が引用商標においては「リ」の長音となつたものであるのに対し、本願商標においては不明瞭な「ヤー」(または「ヤ」)ないし「アー」(または「ア」)の音であるという差があることが認められる(なおアクセントの点については後記のとおり。)。しかしながら右両商標の称呼において、右のように共通する三音「ファ」、「ミ」、「リ」は両者のいずれにあつても同様に、冒頭の第一音から第三音までを占めていてこの「ファミリ」の三音は発声上双方共に聴者に強い印象を与えるものとなすべきであると共に、もともと引用商標「ファミリー」が英語「family」の片仮名による表現であることは明らかなところ、この語はわが国において最もよく知られ、よく親しまれている言葉の一つであつて、その「ファミリー」なる発音は広く世人に親近感を覚えさせるものとなつており、これがためひいてまた「ファミリ」の三連音だけで一種の連想、印象を呼ぶものとなつているといつても過言ではないのであつて、これらの点から考えると、前記両商標の称呼は、わずか尾音に前記のような差があるからといつて、簡易迅速を旨とする取引の実際において常に明瞭に区別されるものとはとうてい断じ難く、なお、本件商標と引用商標の指定商品が前記認定のようにせつけん、歯みがき、香料といつたようなものであることから、その購買者が一般家庭婦人である場合が少なくないと考えられることをも考慮すれば、両商標は称呼上相紛れるおそれのあるものと見るのが相当である。
もつとも、引用商標の称呼において、そのアクセントは「ファ」にありとなすべく、また本願商標の称呼において、そのアクセントは「ミ」にありとなすべきことは、それぞれ原語(英語)との関係から一おう肯かれるところであるが、「ファミリー」の語は前記のごとくあまねく知られており、したがつてそのアクセントの所在は一般によく知られていると見られるのに対し、「EAMILIAR」の語のアクセントの所在は必ずしも一般に知られているとはいえないし、加うるにまた、わが国においては英語ないしその片仮名文字を取引上に称呼使用するような場合、そのアクセントにそれほど意を用いないというのが実情であると見られるのであつて、これらの点から考えると、少なくとも本件の両商標において、前記諸事情の存在するにも拘わらず、それらが通常アクセントの差の故に称呼上区別されるものとはとうてい認められない。
原告は、個々の事案において当該二個の商標の非類似を判断した審決例、判決例を援用して、これらによつても本願、引用両商標は非類似とさるべき旨主張し、またその提出にかか、<証拠>に、弁論の全趣旨を合わせると「ファミリアFAMILIAR」と「ファミリ」、「FAMILIAR」と「ファミリー」、「FAMILY」と「FAMILIAR」また「ファミリー」と「FAMIREファミリ」というように、それぞれ前者の先願、既登録商標が存するのに、後者の商標が登録されていることが窺われる。しかしながら、右の審決例、判決例における当該両商標間の対比関係と本願、引用両商標間のそれとの間には、それぞれ同一視できないものがあることに気付くのであつて、それらにおける判断の説示ないし結論をそのまま本件における両商標の対比に援用すべくもないことは明らかというべく、また右の数多の登録例の中には、前後に登録された両商標の間に、その構成上一見して非類似とさるべきことの明らかなもの、あるいは両商標の指定商品が牴触するといえないものも存するのであり(前記諸証拠参照)、そうでなくて一見本願、引用商標の類似についての前記の判断と異なる見解に出るかのように見られるものにあつても、もともと商標の類否は、商標の構成を指定商品に関する取引の実情等に即して、具体的全面的に対比検討して決せらるべきことであつて、過去の取扱事例が必ずしもそのまま現在の判断の基準となり得ないし、また過去の登録例にも誤りなきを保し難いのであるから、右のような登録例の存する一事を以て直ちに本件における両商標の非類以を裏付けることはできない。
以上これを要するに、本願商標は引用商標と称呼上類似するものとなすべく、同趣旨に出た審決のこの点の判断は相当である。
(三) 次に原告は、本願商標の出願当時に引用商標は周知でなかつたのに――引用商標が周知となつたとしても、それは右の出願後審決当時までに生じたことであるのに、――本件において引用商標の周知性を本願商標の登録拒否の理由としたのは、違法であるという。しかし審決の内容を検討すれば理解されるように、審決は、本願商標と引用商標とが、前項(二)で判断説示したのと同様の趣旨で、その構成から取引の実際において称呼上彼此混淆されるおそれがあるもの、すなわち両商標が類似するものであると判定結論した上で、これに附加して、引用商標の周知性のためにこの混淆のおそれが増大することすなわち両商標の右判定の類似が強化されることを指摘しているに過ぎず、すなわち引用商標が周知であることを、本願商標との類似性を強化する資料としてつけ加えたにすぎないのであつて、引用商標が周知であることを理由として商標法第四条第一項第一〇号または第一五号の規定に該当するとしたものでないことは明らかである。そして、元来出願商標が、先願既登録周標との関係で(先願既登録商標の周知ということは関係なしに、)相紛らわしい印象を与え得るようなものである場合に、右先願既登録商標が著名ないしは周知のものであるときは、一般需要者が指定商品を購買するにあたつて、右登録商標を連想したり、あるいはこれと聞き誤つたりして、そこに商品の混同を生ずるおそれが増大することがあり得ることは十分首肯できるところである。本願商標と引用商標との場合についてみても、(本願商標につき登録出願がなされた日時よりも後のことではあるが、)引用商標がテレビや新聞の広告により盛んに宣伝せられ、審決当時においては、特に台所用洗剤の商標として取引者・需要者間に広く認識されていたことは成立に争いのない丙第一、第四ないし一九号証、証人落合兼一、同豊田達治の各証言その他口頭弁論の全趣旨を総合しこれを肯認することができるのであつて、前記のように両商標の指定商品の購買者が家庭婦人である場合が多いことと相まつて、両商標につき商品の混同を生ずるおそれがいつそう増大するものと考えられる。審決は、このような趣旨で、両商標の類否の判断にあたつて、引用商標の周知ということをも参酌したものと解されるのであり、この場合は、引用商標が周知のものであることを理由として、前記法条の第一〇号または第一五号の規定を適用する場合と異なり、出願商標の登録の許否を決すべき最終基準時(審決時)のほか同商標の登録出願時においても引用商標が周的であつたことを要するとなすべき根拠はないのである。右の次第で、審決が引用商標の周知という事実を両商標の類似を肯定する理由とした点に違法があるという原告の主張は採用できない。
(四) さらに原告は、本願商標が商号商標であることを強調して、仮りにそれが「ファミリア」と称呼されるとしても、引用商標と称呼上区別されるという。
この点における原告の主張の要旨は、本願商標は原告会社の商号「株式会社ファミリア」から採つて商標としたもので、それが商号としての簡潔にして統一した印象のものであるのに加え、原告会社が著名会社であることから、それが商号の表現として統一した印象を与え、「ファミリア」として一体不可分に観念、称呼されるのであり、「ファミリ」と「ア」に分離して観念、称呼されたり「ファミリ」と略称されたとすることはないのであつて、引用商標と称呼上区別されるとするもののようである。しかしながら、本願商標が原告会社の商号から採択されたものであるとしても、かかる事情は、それだけでは右商標の称呼を左右するものとはいえず、また、原告会社が指定商品との関係においていわゆる著名会社であつて、本願商標が原告会社の商号に由来することを取引者、需要者に直感させ、引用商標との僅かな語尾の称呼上の相違にも一般需要者が注意を払い、引用商標との間に混同を避け得るといつたような特別の事情が存するならばともかくそ、のような特別の事情の存在は何ら立証されていないので、あるから(もともと原告自ら、商号商標であるから一連不可分に称呼されるとするに止まるもののごとくであること前記のとおり。)、結局本願商標はその構成と取引の実際からさきに判断したとおりに称呼されるものと見るべく、そしてそれは分離称呼されたり略称されたりするものでないこと原告の主張するとおりであるにしても、それは引用商標と称呼上相紛れるおそれがあるとなすべきこと前記のとおりである。なお原告はここでも、いうところの商号商標についての幾多の判断例をあげて、右の主張を裏付けようとしているが、それらの判断例における両商標とその対比の関係には、本願、引用の両商標とその対比関係との間におのずから差異があることが明らかであるから、これらは原告の主張を是認させるものではない。
(五) 本願商標と引用商標とが類似すること以上のとおりであり、また引用商標が先願既登録のもので、両者の指定商品が牴触することは前記によつて明らかであるから、商標法第四条第一項第一一号の規定により本願商標の登録を拒否すべきものとした審決は相当である。
(多田貞治 古原勇雄 杉山克彦)